プロメテウスのもたらした火
火
人類と動物を区別するのは火を使うことだと昔聞いた。
ギリシャ神話(だったかな)によると、プロメテウスが天界より人類にもたらしたそうだ。
この火は今でも危険なもの。
これを扱う事に絶対の安全と安心は無いのに、原子力の”火”を扱う時には絶対の安全と安心をなぜか要求する。
人びとにはこの矛盾がわからないのだろうか?
いや、それよりもどこまで言ったら制御できない危険で、制御できるのはどれかを知らないからではないだろうか?
発電施設で安全で全く問題が無いものなどは無い。
風力発電があるとか、太陽光発電があると言う話はあるが、太陽光発電においてはいくら頑張っても発電量に限度が出てくる。
100パーセント太陽光発電でまかなう事など無理だし、それをやれと言う気は無い。
風力発電においては、簡素な山間にいきなり大きな発電風車が目の前に現れ、なんてミスマッチで、景色を損なってしまったのかと思ったものだ。
5基ぐらいあっただろうか、そのうち1基は風が吹いているにもかかわらず動いていなかった。
壊れたら修理が大変な事、台風によりもし破損し風車の羽が飛んでしまったらどうなるか、低周波に敏感な人が体調を壊したらなどを考えるとこれも安全とか安心と言う事だと思えない。
結局安全、安心というのは無いのだ。
絶対の安全と言って原発施設を作る。
当時の基準でいったら安心かもしれなかったが、稼動して30年以上経っても安心といえるか?
補修、補強しても、例えば家等は地震で倒壊したり壁に亀裂が入ったりする。
でも、人はこれに関し、欠陥工事とはそういわない。
原子力発電施設での事故。
安全といってたのに”うそつき”と言わんばかりの世論。
いや、もう嘘つきと言っている者が居るか。
この自然災害が起因となって起きた事故。
誰もこういったことは経験していない。想定していたとしてもどこまでしていたかはとても疑問だ。
大きな地震と例えば言ったとしよう。
どこまでが大きな地震なのか?
震度5以上?もっと?
経験した震度はどれくらいで、どのような耐震構造の設計施設が壊れたかのデータなどは?
おそらく少ないデータを基に推測したものだろう。
それが今の基準。
ただ安心・安全と騒ぐ者達へ見せるため。
どこにも安心・安全と言う環境が無い事に気が付くべき。
安全・安心は自分達が作り出してきた。
与えられるものではない。
戦後日本の占領政策から来る教育や考え方により”安全・安心”はどこか絶対的な存在から与えられるものと勘違いさせられてしまった。
いや、ちょっと表現が違うな。
安心・安全と言う幻想を植え付けられてきた。
”軍隊が無いから戦争は起きない”や、”核兵器を持たないと宣言すれば核攻撃を受けない”などはその際たる言動だろう。
軍隊を持たないが為に併合されたり属国となった国がある。
軍備が少ないが為に簡単に占領支配された国がある。
歴史を見ず、幻想を見てそれが正しいと思い込む事こそ”安全・安心”から程遠い存在となる。
原発事故が起きる前、その原発の恩恵を受けていた地域や人たちは何を考えているのか。
計画停電をすると発表するまでに政府もこの事態を一切考えてきていなかった事実。
考えたとしてもまじめに取り組まなかった。
そう見ると、関東大震災後の防災対策は万全なのか?
防災の日と称し訓練を行うが、東京都の全てが訓練をすることは無い。
全国民規模の被災があった場合機能するかなど誰も考えていないと今の段階では思う。
考えていたら、津波で流された防災センターなどありはしない。
結局は想像を超える事は常にある。
大事なのは、その後どう活かすかだ。
原子力発電をすぐに停める事はもう出来そうに無い。
停めても半年くらいは冷却に必要だとの事。
危険箇所の選定で停めても、冷却期間の途中でまた地震に見舞われるかもしれない。
そして、損傷し・・・
同じ事なのだよ、結果だけを見れば。
だから、ならない様に進む道を作る。
これが人類として考える事。
プロメテウスの火はこちらに渡った。
これを扱い、安全に運用するのは私達が考える事。
悪い方向へ使ったのが核兵器。
良い方向へ使えば発電となる。
どちらも原理は同じもの。
家事(炊事)と火事。
同じように火が係わるが性質は違う。
本質は”火”だ。
それを安全となるように使うのが人の知恵だと言う事。
全廃でも良いだろう。
が、それまでに技術が発達してウランなどを使わないで原子力発電が出来るかもしれない。
フランスから汚染された水の処理をしてもらうらしいが、日本で処理できる技術は無いのだろうか。
日本で処理できないものを使うなど政府の発案としたら呆れる。
自民だとか民主だとかの問題ではなく、国民に対し適当な政策を進めてきたということか。
いや、無知ゆえに必要性を考えなかったと言う事か。
日本の技術で汚染された水の処理をできる様にする事が大事。
空気中に散らばった放射性物質を如何に回収するかとか、人に危害があまりでないレベルはどの辺りか等まだまだやることはある。
世論は反原発の様になっている。
先を見通せないものが言う事。そう見えてならない。
この日本の発展を止めると言う意思狩り、日本と言う国が世界から相手にされなくなってもいいと思う人なら仕方が無いだろう。
世界は自力で安全を勝ち取っている。
日本は与えられるものと思っている。
この差が安全保障における意識の差につながる。
CHINAの軍備増強、核兵器配備には一言もいえない市民活動家達よ。
おかしいと自らを省みる事は無いのか?
沖縄で「米軍出て行け、CHINAは何もしないから歓迎。」と言う人はほんとうにCHINAが何もしないと思っているのか?
台湾を併呑しようと画策し、今は沖縄さえ自国の領土と言うようになったCHINA。
防衛に自衛隊反対と唱え、米軍の抑止力が薄くなっても大丈夫と言えるのか?
CHINAは戦争を仕掛ける事は無い。
ある意味それはそうだろう。
だが、紛争は仕掛ける。
CHINA人を守るためと色々と要求するかもしれない。
沖縄の土地を買いあさるかもしれない。
自国領土になれば関係が無いのだから。
土地を買う資金はCHINA政府持ち。
誰も対抗できる資力を持つものはいないと気が付く事が大事。
これからの事を考える時。
憲法の誤ったことを変え、もしくは全てを変えて日本を一番大事にする憲法を作る事が課題になると自分は思う。
火は放たれた。
これが野焼きの人なるか山火事になるかは今の大人が子供達、孫達に何を残していくかと言う発想次第だと思うよ。
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